あらすじ

「ピッケルの神様」と呼ばれた男、山内東一郎の生涯を追ったノンフィクション。 青森出身の鍛冶職人だった彼は、仙台でピッケルと出会い、その魅力に取り憑かれる。 「鉄の心」を聞き、「下手なものを作れば、登山者の命を危険にさらす」と自らを戒め、「登山者の命を守る道具」作りに生涯を捧げた。彼が作ったピッケルは「芸術作品」と評され、マナスル初登頂といった歴史的登山を支えた。 山内東一郎(やまうち・とういちろう/1890~1966) 東北帝国大学金属材料研究所で機械工場の職工として勤務。1924年、初めてのピッケル作り。26年、東北帝大を辞職して仙台市内に自分の工場を持つ。30年、世界で初めてニッケル・クローム鋼を用いたピッケルを製品化。49年、松濤明が槍ヶ岳で遭難。そのとき使用していたのが山内のピッケル。52年、皇太子(現・上皇)にピッケル献上。56年、マナスル登頂に山内のピッケルが使用される。57年、高松宮に献上。65年、最後のピッケルを納品。66年逝去(享年75)。96年には没後30年を記念して、仙台市博物館で山内と槇有恒をテーマにした「仙台が誇る山の先達・二人展」が開催された。 ■内容 はじめに 第一章 青森から仙台へ 第二章 仙台で鍛冶工として働く 第三章 ピッケルを初めて作る 第四章 山内No1が完成する 第五章 ニッケル・クローム鋼のピッケルを世界で初めて製品化する 第六章 戦時下で暗雲立ち込める日々 第七章 山内ピッケル、二千本を突破する 第八章 古希を迎える 第九章 追廻住宅に引っ越す 第十章 さらば山内東一郎 補遺 山内東一郎亡き後 おわりに 参考資料

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シーモア
シーモア2026/01/19
  • 現在の作品ピッケルの神様 山内東一郎物語 近代日本のものづくりと登山史を支えた孤高の職人