あらすじ
王城で開かれた社交界デビューの夜。
医師の家に生まれ、幼い頃から学問と責任に縛られて育ったレオンハルトは、初めて貴族社会の華やかな世界に足を踏み入れる。同時にその夜は、幼少期に顔を合わせただけの“未来の婚約者候補”と再会する日でもあった。
期待と不安を胸に会場を見渡す中、レオンハルトの視線は自然と一人の少女へと吸い寄せられる。控えめで丁寧な立ち居振る舞い、相手を思いやる穏やかな微笑。派手さはないが、内側からにじむ品格と優しさに、彼は強く心を惹かれていった。本能的に「彼女だ」と感じた瞬間だった。
しかし後日の顔合わせで、彼女はその婚約に前向きではないと告げる。理由は、自分よりも妹の方が婚約者にふさわしいという思い込みだった。社交界デビューの日、彼女は何一つ過ちを犯していないにもかかわらず、家族や周囲から理不尽に評価を下されていた光景を、レオンハルトははっきりと覚えている。その記憶と、目の前で自らを卑下する彼女の姿が、彼の胸に強い違和感を残した。
なぜ彼女は、自分を守ろうとしないのか。
なぜ、価値を正しく見ようとしないのか。
その答えを知りたいと願ったレオンハルトは、あえて婚約の決断を先延ばしにすることを選ぶ。互いを知る時間を重ね、彼女自身の意思で隣に立つ道を選んでほしいと願ったのだ。
静かに芽生えた恋心は、まだ言葉にも形にもならない。
だが確かに、あの王城の夜から、彼の心は彼女だけを見つめ始めていた。