あらすじ
家の中から、ギシギシという乾いた音が聞こえはじめた。天井裏、壁の奥、冷蔵庫の中——原因はわからないが、音は日常に溶け込み、私の感情の表面をじわじわと侵食していく。電気屋を呼び、配線の極性を直すと、音は整い、美しいリズムを取り戻したかに見えた。だがそれと引き換えに、妻の義歯は合わなくなり、息子の呼吸は微妙にズレはじめる。家は直ったはずなのに、家族の時間だけが噛み合わない。夜明け前、鏡の前で鳴る妻の顎の音を前に、私は気づく。直されたのは配線だけで、内部から漏れ続ける感情の油は、静かな家の中で、いまもどこかに滲み、微かに音を立てている。