あらすじ
日本人は真面目な国民だと、誰もが疑わずに信じている。
文書保管局で働く一人の職員もまた、時間を守り、規則に従い、問題のない日々を送っていた。
ある日、彼は「国民性調整計画・第0稿」と題された古い文書を目にする。そこには、反乱や疑問を未然に防ぐため、誠実さと自己抑制を国民性として定着させる構想が記されていた。しかし彼はそれを危険な思想としてではなく、処理すべき資料の一つとして受け取る。
職場では、不真面目と見なされた同僚が静かに姿を消していく。処罰も糾弾もないまま、人は「社会に合わなかった」という理由で居場所を失う。主人公はその記録を整理し、廃棄し、正しい手続きを守り続ける。
幼少期から感情を抑えることを教え込まれ、疑問を持たないことを評価されてきた彼にとって、制度は暴力ではなく善意として存在していた。定期的な面談と優しい指導によって、わずかな違和感さえも調整されていく。
やがて主人公は、危険性を孕んでいたはずの第0稿を「無害化」する作業に関わる。言葉は角を削られ、思想は要約され、原文は参照されない記録となる。社会は安定し、人々は何も感じない。
十二年目の朝も、彼は同じ電車に乗り、新人に「何も起こらない部署です」と説明する。
この国では、疑われないことこそが成功の証であり、問題は一度も起きていない。