あらすじ
冬の夜気は、武御 雷(たけみ らい)の肺を奥まで凍りつかせるほどに冷たかった。
彼は、激しい鼓動を抑えながら、路地裏の闇を疾走していた。
靴がコンクリートを叩く音。自分の荒い呼吸。そして、視線の先を逃げる男の背中。
こどもの頃に眼鏡屋で眼鏡を作ったとき、カチャカチャとたくさんの度数のレンズを入れ替えて視力を測る独特な眼鏡をかけたことがある。
その正式名称が「検眼枠(けんがんわく)」、あるいは「テストフレーム」であることを雷が知ったのはこの事件がきっかけだった。
検眼枠はあの眼鏡型のフレーム自体であり、横に置いてあったたくさんの度数のレンズが入ったケースを、トライアルレンズセットということも。
目撃情報にあったその犯人らしき人物がその検眼枠をかけていたからだ。
最近では、機械の中に顔を乗せて、ボタン一つでレンズが切り替わる「フォロプター」という大きな機械を使うことも増えているが、実際に歩いてみて見え方に違和感がないか確認するときには、今でもあの「検眼枠」が欠かせないという。
そんな眼鏡をかけて街を歩き、人を殺す人間など、この国にはひとりしかいないだろう。警察はその情報をマスコミには流していなかったからだ。
そいつの衣服は、まるで結婚式の新郎のような真っ白なタキシードだった。
それも目撃情報と一致していた。
だが、つい先ほど奪われたであろう誰かの命……その鮮血によって、白いタキシードはどす黒く塗り潰されていた。
被害者はおそらく北斗七星にまつわる名を持つ女性だろう。
『星喰いの凶星(ステラ・ディヴォアラー)』
この数ヶ月、小さな地方都市を恐怖のどん底に陥れている連続殺人鬼はそう呼ばれていた。
北斗七星にまつわる名を持つ女性ばかりを、儀式のように屠っていたからだ。