あらすじ
その魔族にとって、世界は「計算式」で記述されていた。
戦場の泥濘(ぬかるみ)の中で出会ったのは、あまりにも美しく、残酷なまでに合理的な捕食者。 大魔族セレナ。 彼女にとって、破壊は感情的な暴力ではなく、ただの「データ消去」。命は「有機物の循環」であり、愛は「脳が起こす生存本能のバグ」に過ぎない。
そんな絶対的な存在に、一人の変わり者の学者が恋をした。
「君の思考の深淵(システム)を、もっと覗かせてくれないか」
死の直前、命乞いの代わりに「君の魔法の美しさ」を熱弁した男、レン。 彼の異常な知的好奇心に「未知の不具合(エラー)」を見出したセレナは、彼をその場で殺すのを保留し、「観察対象(サンプル)」として旅に連れ出すことを決める。
それは、決して交わるはずのない二人の、果てなき旅の始まりだった。
道端の花を「無駄(ロス)」と切り捨てる彼女に、その美しさを説く彼。 他者の命を「コスト」と断じる彼女に、善意の尊さを叫ぶ彼。 物理法則と感情論。永遠の時を生きる魔族と、刹那を生きる人間。 埋めようのない断絶を抱えたまま、二人は荒廃した世界を往く。
だが、完璧な計算機だったはずの彼女の中に、少しずつ、計算外のノイズが混じり始める。 傷ついた彼を修復するために触れた、肌の熱。 自分以外の何者かが彼に触れた時に湧き上がる、正体不明の苛立ち。
「勘違いしないで。これは愛ではないわ。ただの『所有権の主張』よ」
そう冷徹に分析しながら、彼女はまだ気づかない。 その制御不能な「エラー」こそが、やがて彼女自身の冷たい論理を溶かし、世界を変える唯一の鍵になることに。
計算できない想いは、果たして深淵に届くのか。 これは、愛を知らない最強の魔族と、愛を教えたい最弱の学者が織りなす、切なくも美しい異種族観察記録。
――その微笑みの裏にある「答え」を、あなたはまだ知らない。