あらすじ
マンションの七階に暮らす〈私〉は、外廊下から見える向かいのマンションの一室を、いつの頃からか意識するようになる。ベージュのカーテンが閉じたままの窓。少し開いた隙間。夜に見える白い影。開け放たれた窓辺に立つ見知らぬ男。
季節が春から初夏へ移り変わるなかで、向かいの部屋には観葉植物が置かれ、雑誌の束が積まれ、レースのカーテンが取り付けられ、布団が干される。そこに確かな「生活」があることだけが、断片的に示されていく。
〈私〉は理由を探ることも、関係を持つこともなく、自分の生活を淡々と続ける。歯科検診の予定、友人との会話、買い物、ベランダの掃除。向かいの窓は、ただ視界の端で変化し続ける。
やがて五月になり、窓は再び閉じられる。色の違うベージュのカーテンが引かれ、以前と同じ風景に戻ったように見える。〈私〉はそれを確かめることなく、街へ出ていき、スーパーでトマトを選ぶ。
誰の生活も説明されないまま、ただ隣り合って存在している――
その事実だけが、静かに残される。