あらすじ
改装された集合住宅の一室で暮らす〈私〉は、毎晩決まった時刻に自分の身体を測定し、数値として記録する習慣を持っている。体温、血圧、体重、脈拍――老いや摩耗を管理可能なデータへと還元することで、〈私〉は安定した日常を保っていた。
ある秋の夜、寝室の壁に植物の根のような奇妙な影が現れる。湿気やカビでは説明できないその陰影は、日を追うごとに成長し、〈私〉の体調と連動するように変化していく。〈私〉は恐怖を抱くことなく、その影を新たな観測対象として記録に加える。
やがて〈私〉は、壁の中から微かな循環音が聞こえることに気づく。聴診器を当てると、そこには自分の脈拍と同期する拍動があった。壁の奥で育まれている「何か」は、〈私〉の生命活動と繋がり、栄養を受け取っているように思えた。
体重や血圧が徐々に低下していく一方で、壁の影は艶やかさと温度を増していく。〈私〉はその関係を異常とは捉えず、かつて検体保管室だったこの部屋が、自分を受け入れ、共生を求めているのだと理解する。
記録は続けられる。
数値が存在する限り、〈私〉はここに在り、壁の奥の循環もまた、確かに生きているのだから。