あらすじ
梅雨の半ば、丘陵地の古い集合住宅に暮らすフリーランス校正者の〈私〉は、部屋の空気がわずかに「重く」なっていることに気づく。湿気とも水漏れともつかない違和感は、やがて水音となり、身体感覚としての「水位」を伴って、部屋の中に満ちていく。
外は晴れて乾いているのに、〈私〉の部屋だけが水中のように静まり返り、指先はふやけ、呼吸はしっとりと変質していく。夜には、部屋の隅に輪郭の曖昧な「影」が現れ、水滴を落としながらただそこに在るようになる。恐怖はなく、むしろ穏やかな同居が始まる。
外界の人間関係や乾いた生活は次第に遠のき、〈私〉は湿った部屋の感覚に安らぎを見出していく。水位は少しずつ上がり続け、この空間と身体の境界は曖昧になっていく――やがて完全に満たされる日を予感しながら。