あらすじ
銀細工の修復師・透は、銀に刻まれた「音」を聞きながら依頼品を修復する仕事をしている。銀は人の声や息づかい、沈黙までも永久に記憶する特性を持ち、この時代において「音の遺産」として尊ばれていた。しかしその記憶は時に残酷で、忘れたい音までも残してしまう。
ある日、透のもとに五年ぶりにかつての恋人・葵の妹、沢渡樹が訪ねてくる。彼女が修復を依頼したのは、事故で亡くなった葵の銀製の補聴器だった。透は葵の声を聞くことを恐れながらも、樹の願いを受け入れる。修復の最中、補聴器から葵の声が流れ出し、日常の穏やかな会話や笑い声に続き、歪んだ音が混じる。銀は嘘を記録できない――葵が何かを隠していた証拠だった。
作業の末、最後に再生されたのは葵の遺したメッセージだった。彼女は透の「完璧さ」を恐れ、同時に愛していたこと、自分も不完全なままでいたいこと、そして透を深く愛していることを語っていた。葵は事故の直前、彼に電話をかけようとしながら命を落としていたのだった。哀しみに沈む透のもとに樹が再び現れ、姉の真実の声を聞いて涙する。
彼女は言う──「もう、銀に残す必要はありません。人間の記憶は優しいから」。透は補聴器を溶かし、葵への別れと新たな一歩を刻むため、自らの声を銀のペンダントに吹き込む。やがて樹が姉に感謝を伝えるため、自身の声を銀に残してほしいと依頼し、透は微笑みながら作業を始める。銀の音は消えても、心に残る声は永遠に生き続けるのだった。