あらすじ
名前が消えたあとに、物語が完成する。――地図の空白を歩く、二人の観測者の記録。
その谷は、あまりの沈黙ゆえに、どの地図からも忘れ去られていました。 正確には、誰もその形を記すことができなかったのです。
古びた羊皮紙の地図を手に、その「空白」へと足を踏み入れた二人の若き冒険者。 植物をこよなく愛する少年・モチオの知識と、カリーナの透き通るような歌声。 二人が辿り着いた古代都市『アイレックス』は、ただの廃墟ではなく、意志を持って「呼吸」する巨大な命の装置でした。
石壁の向こうから響く、心臓のような鼓動。 音を吸い込み、時を測り、訪れる者の在り方を選別する沈黙の劇場。 二人の歩みが、眠り続けていた遺跡に再び生命の灯をともしていきます。
けれど、これは英雄の物語ではありません。 アイレックスが再生し、人々がそこを「観光地」として地図に書き加える頃、最初に火を灯した二人の名は、どこにも記録されず、誰にも語られなくなっていきます。
なぜ、彼らは振り返らなかったのか。 なぜ、彼らの名前は歴史から消し去られたのか。
これは、地図を埋めるためではなく、自分たちの足跡を風に預けるために歩き続けた二人の、もっとも優しく、もっとも贅沢な冒険の記録。