あらすじ
明治九年三月二十八日——廃刀令が発布された日、村上宗兵衛の人生は終わった。
六十二歳。刀鍛冶として五十年。父から受け継いだ技、二百年続く伝統が、一枚の布告で無価値になる。同業者たちは次々と廃業を決意し、農具職人へと転身していく。時代は、もう刀を必要としていなかった。
だが、その夜、一人の男が工房を訪れる。初代大警視・川路利良。彼が持ってきたのは、西郷隆盛からの密命だった。「最後の一振りを打っていただきたい」——国の命運に関わるという、謎の依頼。
宗兵衛は覚悟を決める。これを最後に、刀鍛冶を辞める。その決意のもと、三ヶ月をかけて魂を込めた最高傑作を完成させる。だが、刀が完成した時、衝撃の事実が明かされる。西郷隆盛が挙兵するというのだ。自分の打った刀が、反乱に使われる——
西南戦争が勃発。政府軍と薩摩軍が激突する中、宗兵衛の刀は戦場へ向かう。そして数ヶ月後、西郷隆盛は城山で自刃。その手には、宗兵衛が打った刀が握られていた。最後の刀は、最後の侍と共に散った。
刀鍛冶を辞めた宗兵衛は、刃物の研ぎ屋として細々と生計を立てる。陸軍省から軍刀の量産監修を依頼されるが、きっぱりと断る。刀を工業製品にすることは、職人の誇りが許さなかった。
時は流れ、明治十五年。一人の青年が「刀鍛冶になりたい」と弟子入りを志願してくる。時代遅れと思われた技術を学びたいという、純粋な情熱。宗兵衛は決意する。技術を、次代に受け継ごうと。
やがて病に倒れる宗兵衛。だが後悔はなかった。弟子たちが技術を継承してくれる。時代は変わっても、刀鍛冶の魂は生き続ける——
明治という激動の時代に、職人としての誇りを貫き通した男の物語。史実を背景に、伝統技術の継承と、時代の狭間で生きた職人たちの苦悩と矜持を描いた、本格歴史時代小説。