あらすじ
が怖くなって、世界から少しだけ離れた。
私が逃げ込んだのは、音が“動かない”図書館だった。
音楽が好きだった。けれど、ある出来事をきっかけに、音そのものが苦しくなった司書・柊結芽。
監視カメラだらけで私語も少ない、息ができるほど静かな図書館だけが、彼女の唯一の避難場所になっていた。
そんな午後、音楽随筆の棚の前に、一人の男が立つ。
きちんとしたスーツ、場違いな静けさ、そして手に取った本は――彼女が密かに愛している『風の譜』。
「……なんとなく、惹かれたんです。今の僕に必要な気がして」
その曖昧な言葉が、結芽の胸の奥の“結び目”を揺らす。
図書館の静寂の中で重なるのは、大きな告白じゃない。短い会話と、沈黙と、ページをめくる音だけ。
やがて彼は気づく。
本の余白に残された一行――「雨のあと、光のまえに」。
それは結芽が学生時代、誰にも聴かせられなかった“自分の音”の題名だった。
音符が読めないはずの彼が、言葉で音を聴いてくれる。
その言葉が、結芽の止まっていた旋律を、少しずつほどいていく。
静かな場所で、静かな恋が、音になっていく。
これは、音を失った司書と、音楽を知らない会社員が、
“音のない音楽”でお互いを救い合う物語。