あらすじ
東京で音楽制作の仕事をしていた三十代の男性は、ある交通事故をきっかけに、
音楽を聴くと強烈な違和感と恐怖を覚えるようになる。
耳や脳に異常はない。それでも音楽だけが、彼の心を壊す。
仕事を辞め、逃げるように帰郷した先は、浜松。
駅から少し外れた場所で、亡き母の残した浜松餃子の店を、無口な父が一人で続けていた。
音楽には耐えられない彼だったが、
不思議なことに餃子を焼く鉄板の音だけは、苦にならなかった。
ジュウ、と鳴る生活の音。意味を持たない、ただ生きるための音。
そんなある日、
「音が好き」だと無邪気に語る観光客の少女・紬と出会う。
浜松が“楽器の街”である理由を知らない彼女に頼まれ、
主人公は街を案内することになる。
工場の試奏室、商店街のブラスバンド、夜の餃子店、遠州灘の風――
街にあふれるさまざまな音に触れる中で、
主人公は少しずつ、自分が本当に恐れているものが
「音」そのものではないことに気づいていく。
やがて、亡き母が残した「音の記録」と、
事故の前から続いていたある“金属音”の存在が明らかになり、
主人公は、音と記憶、そして自分自身の生き方と向き合う決断を迫られる。
音は、失うものではない。
壊れても、歪んでも、
新しい調律で、取り戻すことができる。
浜松の日常音に包まれながら描かれる、
静かで温かい再生の物語。