あらすじ
雨の朝、田園調布。
「できるだけ早く帰る」――その言葉の曖昧さを、彼はもう何年も飲み込んできた。
国内屈指の透明素材メーカー「晶和マテリアル」。
品質責任者・真田 恒一は、硝子の“曇り”が何を意味するか知っている。
曇りは、見えない欠陥の始まり。放置すれば、必ず割れる。
海外の最重要顧客・NordLight Opticsから届いた一本のメール。
「反射率にわずかな異常。工程変更は?」
――“わずか”と言うとき、それは警告だ。
だが工場の検査ログは、肝心な期間だけ欠落していた。
偶然ではない。誰かが消した。
そして、その裏には「工場を守るための嘘」があった。
止めれば、現場が死ぬ。
出せば、信頼が死ぬ。
家族、部下、現場、経営、そして世界基準の透明性。
雨に濡れながら、真田は選ぶ。
“曇らせない”とは、綺麗ごとではなく――痛みを引き受ける決断だ。
これは、硝子を守る物語ではない。
信頼を守る物語だ。