あらすじ
余命距離。
それは、終わりまでに残された時間のことではない。
生きている時間は、均等には流れない。
前に進んでいると思っていたのに、いつの間にか同じ場所に戻っていたり、何も変わっていないつもりでいたのに、気づけば遠くまで来ていたりする。振り返ってみても、どこで越えたのかは分からない。ただ、越えてしまったという感触だけが残っている。
終わりは、突然やってくるものではない。
多くの場合、それは出来事として現れない。選ばなかった言葉や、引き返した道や、理由もなく立ち止まった夜として、生活の中にゆっくりと混ざっていく。特別な意味を持たせられることもなく、ただ日常の一部として置かれる。
それは恐怖でも救いでもない。
近づいたからといって、何かが変わるわけでもない。意味を与えようとすると形を変え、見ないふりをすると、別の場所から現れる。触れようとすれば掴めず、距離を取ろうとすれば、いつの間にか隣にある。
生きているということは、進み続けることではない。
止まったまま過ぎていく時間もあれば、戻らなかったことでしか残らないものもある。選ばなかったことは消えるわけではなく、選ばなかったまま、別の形で積み重なっていく。
近づいたことを認めることと、立ち止まることは同じではない。
立ち止まらなかった夜も、進まなかった時間も、どちらもすでに通過している。その事実だけが、あとから静かに漂う。
誰かの終わりに立ち会ったとき、あるいは、終わりが過ぎ去ったあとで、理由もなく胸の奥が重くなる瞬間がある。
それは悲しみでも後悔でもなく、名前を持たない感触として残る。
距離は、測れない。
縮んだと感じたときには、もう戻れない。
けれど、その距離を意識したからといって、立ち止まらなければならないわけでもない。
生きている側に残るのは、説明できない手応えだけだ。
それは生活に溶け込み、いつの間にか判断や動作の一部になる。気づかないふりをしても消えず、向き合おうとしても、正面からは現れない。
それでも、確かに、そこにある。