あらすじ
名も取る価値のない、小さな街。
ひび割れた壁とくすんだ石畳を眺めながら、リアナは、人の流れと兵士の目つき、綴り炉の位置になりそうな煙突の並びを、いつもの癖で静かに観察していた。
隣を歩くユノの歩幅が、半拍だけ乱れる。
繋いだ指先がかすかに冷えて、呼吸が浅くなる——右目の奥で「赤い糸」がきしんだ合図だ。
彼女が言葉にする前に、リアナは「甘いものの匂いがするわ」と路地の先を指し示す。
それは頭痛の治療ではなく、痛みをごまかしながら生き抜くための、小さな祝祭の始まりだ。
焦げた砂糖と小麦の匂いに満ちた店内で、ユノは一番不格好な焼き菓子を選ぶ。
焦げ目の多い方を譲ってもらいながら、リアナは、彼女の中でざわつく歌が、ほんの少しだけ柔らかくなるのを感じ取る。
店主の視線はふたりをただの旅の姉妹と見なしたらしい。童姫の噂も、籠の鳥の素性も、この街まではまだ届いていない。
外れの宿で、狭い部屋と一つだけの寝台を買う。
支払いは、必要以上に貧しくも裕福にも見えない金額を、最短の手つきで。余計な興味を引かないための、いつもの手順だ。
夜、寝台の上でユノのこめかみに指を当て、「まだ歌っている?」と問う。彼女の痛みの形は、誰よりもよく知っている。
足首と指を絡めたまま、ふたりは眠りへ落ちていく。
世界にとって彼女たちは、飾りの童姫であり、籠の中の鳥かもしれない。
けれど少なくとも今夜この狭い寝台の上では、互いを「世界で一番、きちんと扱われるべき存在」として取り扱える——
その事実だけが、リアナにとっては、まだ生きている価値の証明だった。