あらすじ
強さとは罪である。
生物学的な頂点捕食者であり、強靭な肉体と闘争本能を持つアルファ。
人口の大半を占める、平凡な労働者であるベータ。
そして、か弱く守られるべき存在でありながら、生殖の鍵を握るオメガ。
太古の昔であれば、アルファが王となり、群れを率いただろう。だが、文明が発達し、法と理性が支配する現代において、その力関係は逆転した。
アルファの持つ暴力的な衝動と、発情期(ラットにおける無差別な性欲は、社会秩序を乱す猛獣として危険視されたのだ。
彼らは生まれながらにして潜在的犯罪者の烙印を押され、厳重な管理下に置かれることとなった。
――『アルファ管理法・第1条』。すべてのアルファは、思春期を迎えると同時に、国が認可した貞操帯の常時着用を義務付けられる。
分厚い鋼鉄、あるいは特殊合金で鋳造された、絶対に外れない拘束具。
排泄のための最小限の穴を除き、彼らの性器――すなわち、理性を食い破る「獣の衝動」の発生源は、物理的に封印される。
鍵を持つことができるのは、彼らの身元引受人である飼い主――多くの場合、資産家のベータや、貴族階級のオメガ──のみ。
最強の肉体を持つアルファたちは、皮肉にも、最もか弱いオメガたちの足元に跪き、許可なくしては自慰さえも許されない去勢された奴隷へと堕とされたのだ。
街を歩けば、風景は異様だ。巨躯を誇る屈強な戦士たちが、首輪とリードをつけられ、華奢なオメガに引かれて歩いている。
彼らの股間は異様に膨らみ、金属の重々しい音をさせている。それこそ安全の証であり、同時に服従の印でもある。
だが、極稀に語られる都市伝説があった。
フェロモンによって支配された三層のヒエラルキー。そのどこにも属さない、第四の性が存在するという噂。
アルファの威圧も効かず、オメガの誘惑にも靡かない。発情せず、生殖せず、ただ静かにシステムの外側に佇む虚無。
フェロモンという色のついた世界において、唯一、透明なイレギュラー。人々は畏怖を込めて、その幻の存在を──すべてを併せ持つ者になぞらえて──こう呼んだ。シグマと。
もし彼らが実在するとすれば、それはフェロモンによって維持されたこの社会構造を、根底から無に帰す死神となるだろう。
今、帝国の闘技場には、鉄の下穿きを履かされた獣たちの咆哮が響いている。
彼らは知らない。
その熱狂の最果てに、色なき風が吹き荒れ、すべての情熱を凍てつかせる未来が待っていることを。
これは、愛と破滅の記録である。