あらすじ
都市開発の寵児として頂点に立つ男、伊庭(いば)。 彼は「効率」と「合理」こそがこの世の正義だと信じ、感情や信仰といった曖昧な「無駄」を徹底的に排除した、完璧な物質社会を築き上げてきた。彼の洗練された世界に、非科学的なノイズが入り込む余地などないはずだった。
しかし、数百億のプロジェクトが動く重要な調印式の最中、突如として耳の奥で「チリン」と古びた鈴の音が鳴り響く。 その瞬間、高級万年筆を握る彼の指先が、サラサラと乾いた音を立てて白い「灰」となって崩れ落ちた。
瞬きをすれば元に戻る、一瞬の悪夢。 それは過労が見せる幻覚か、それとも脳のバグか。 自らの完璧な理性を信じ、最新医療に救いを求める伊庭だったが、原因は特定できない。やがて、無菌室のような彼のオフィスに、場違いな線香の匂いが立ち込め始め……。
「物質」の強固な鎧をまとった男が、目に見えない「理屈の通じない何か」に追い詰められていく。 じっとりとした恐怖が日常を侵食する、戦慄の現代怪談。