あらすじ
島津悠之介は人を信用しない。
信用するのは、研ぎ澄ました剣の重みだけだった。
山里の修行場で修行中、大地震が発生する。
揺れが収まったあと、彼が目にしたのは、見慣れたはずの里の変わり果てた姿だった。
悠之介は剣を携え、無言で瓦礫の中へ足を踏み入れた。
助けを求める声が、あちこちから聞こえる。
剣があれば梁を斬り、埋もれている人を助けることができる。
しかし彼は、剣に手を伸ばさなかった。
かつて正しいと思って剣を振るい、藩命で人を斬ったが、世界は少しだけ冷たくなったからだ。
そのとき、十七、八ほどの少女が瓦礫の中から現れた。
分厚い帳簿を大事そうに両手で抱えていた。
手を貸してくれと言われ、悠之介は茜という名のその少女に付き合い、埋もれている人々を剣を使わずに助けた。
そして避難所の寺に逃れ、崩れかけた本堂の中で、茜が帳簿を別の紙に書き写しているとき、帳簿の端に、ひとつの名が書かれているのを、悠之介は見逃さなかった。
郡司真之進。
彼は、その名前に覚えがあった。
直接会ったことは無いが、かつて悠之介に人を斬る藩命を下したのも、その者の名だったと聞いている。
彼女は郡司に父を殺されており、復讐に力を貸してほしいと悠之介に頼む。
悠之介は最初断ったが、郡司は今も昔も何も変わっておらず、この地震を利用してまたよからぬことを謀るのではないかと思い、真実を見ることを決意する。
後日、蔵で郡司配下の役人が悪事を企んでおり、茜はすぐに彼らを斬ろうとするが悠之介はそれを止める。
その後、悠之介は郡司配下の役人を街道沿いで捕まえ、斬らずに帳簿のことを吐かせる。
一方、茜はさらに蔵の奥に忍び込もうとするが見張りに見つかり、それを斬ってしまう。追われる身となり、一旦近くの村などに身を隠す。
悠之介は茜の帳簿と郡司の配下を藩の上役に提出するが、今は地震の処理でそれどころではないと処分は行われなかった。
対して、郡司は悠之介のことを「人を斬らずに、厄介事だけを消す男」として知っていた。
彼を呼び出し、茜を止めるよう求める。
茜は夜、郡司の屋敷に忍び込み、ついに父の仇を討ち果たした。
だが、郡司の死は「急病」で静かに処理され、茜の父の名誉は回復されることはなかった。
悠之介は、結局人を斬るために剣を振るうことはなく、二人は別れた。
悠之介はまた孤独になったが、その孤独の質が変わったように彼には思えた。