あらすじ
毎年、同じ日にだけ開く小さな公園のベンチ。そこに座る二人には、たった一つの約束がある――「合い言葉を言えた方だけが、来年もここへ来られる」。
理由はわからない。誰が決めたのかも、いつから続いているのかも。ただ、木枯らしが吹く夕方、待ち合わせだけは守られてきた。
ところが今年、言えるはずの合い言葉が、口の中でほどけて消える。相手は笑う。「忘れた?」。忘れていない。覚えているのに、声にできない。喉が、舌が、世界のどこかに“引っかかる”。
会話は軽いふりをしながら、少しずつ痛いところへ触れていく。合い言葉とは何か。誰のための鍵なのか。来年の「会える」は、誰が保証しているのか。
そして最後に判明するのは、合い言葉が言葉そのものではなく、もっと残酷で、もっと優しいものだったということ。
木枯らしが運ぶのは季節だけじゃない。記憶の輪郭も、呼び方も、存在の重さも、少しずつ削っていく。