あらすじ

「腹が減ったな……。だが、ここでは食事の匂いすら命取りになる」 俺――ツカサは、返り血で汚れた短剣の先を、死んだばかりの『灰色狼(グレーウルフ)』の毛並みで拭った。 足元には三体の狼の死骸。周囲を囲まれていたが、俺が指先をわずかに動かした瞬間、奴らの首はあらぬ方向に捻じ曲がり、絶命した。 「アイテムボックス」 唱えると同時に、空間に生じた歪みが狼の死骸を飲み込んでいく。 容量無限、時間停止。 この過酷な世界において、これほど頼りになる能力はない。 倒した獲物をその場で収納すれば、血の匂いに誘われて別の魔物や、あるいは魔物より質の悪い「人間」が集まってくるのを防げるからだ。 周囲の気配を『念動』の触手で探る。 半径五十メートル。風に揺れる葉の音、土の中を這う虫の振動。 そして――少し離れた茂みの影に潜む、ひどく濁った、殺意を孕んだ三つの鼓動。 「……また盗賊か」 俺は溜息をついた。 この世界は、本当に、救いようがないほどに苛烈だ。 前世の日本で、俺は三十五年の人生を歩んでいた。満員電車に揺られ、上司に頭を下げ、それなりに平穏な日常を送っていたサラリーマン、内田司。 それが高齢者の暴走運転によってあっけなく幕を閉じ、気づけばこの「剣と魔法」の地獄に放り出されていた。 三年前、前世の記憶を取り戻したとき、俺はこの世界の残酷さを骨の髄まで理解した。 両親を殺したのは魔物じゃない。同じ言葉を話す、同じ姿をした人間……盗賊だ。 彼らは金品を奪い、家を焼き、何の躊躇もなく俺から全てを奪った。 この世界では、弱者は生きているだけで罪であり、強者は奪うことで正義を証明する。 「おい、ガキ。今、変な魔法で狼を消したな?」 茂みから、汚れた革鎧を纏った男たちが姿を現した。 手には錆びた大剣と、人の脂でぎらついた斧。 冒険者ランクEの俺を見て、格好の獲物だと判断したのだろう。彼らの目には、俺が「人間」ではなく「歩く財布」か、奴隷市場に流す「商品」にしか見えていない。 「……見逃してやるから、今の魔法の種を教えろ。それと、持ってる物を全部ここに置け」

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小説を読もう2025/12/27
  • 現在の作品生きることに過酷で苛烈な世界。