あらすじ
「あの……これ、お返しします」
おれはそう言って、カードを男のほうへ静かに押しやった。薄汚れた畳の目に沿って、黒いそれがすっと滑る。
男は細めた目の奥で、かすかな笑みを浮かべた。その笑みと、ゆっくりと首を傾げる仕草に、どこか既視感を覚えた――ああ、そうだ。あの日、このカードを差し出されたときも同じような表情をしていた。アヒル口気味で、どこかおれを――。
「こんにちは。――さんですね? 私、市役所のほうから参りました――」
ある日の昼過ぎ、家に役人を名乗る男がやって来た。
特に警戒することもなく玄関を開け、「は、はあ……」と、そのまま奥へ通すと、男は畳の上に静かに正座した。おれもつられるように正座し、向かい合った。
男は封筒を開け、一枚のカードを取り出した。指先を丁寧に揃えると、畳の上をすすっと滑らせて、おれの前に差し出す。
「これをお届けに参りました。どうぞお受け取りください」