あらすじ
岐阜の山あいで、ゴルフ場作業とライターを兼業する五十歳の「私」。
その平穏な「現在地」は、双極性障害II型とADHD、そして降りかかる悪意を呪い、自らも棘(とげ)を研ぎ澄ませて生き抜いた執念の果てにある。
始まりは小学校の入学式。
教師の冷酷な命令に従い、新品の制服を排泄物で汚したあの日、私の「白菊」としての無垢さは死んだ。
中学・高校では、クラスの女王・美沙による凄惨ないじめの標的となる。
制服を切り刻まれ、雑巾の汚水を浴びせられる日々。
だが、私はただの犠牲者では終わらなかった。
心の奥底で、私を壊そうとする者たちへの猛烈な殺意と、異分子を排除する世界への憎悪を「黒薔薇」のような鋭い棘に変え、精神の完全な崩壊を食い止めたのだ。
社会に出ても地獄は追ってきた。
アパレル企業でかつての加害者に再会し、重い鉄の引き出しで左手の指を砕かれたあの日。
激痛の中で抱いたのは、悲しみではなく「この病んだ世界を絶対に許さない」という冷徹な決意であった。
双極性障害という名の嵐は、躁の万能感と死の淵を私に強制し、結婚や不妊、閉鎖病棟への入院という試練を次々と突きつけた。
しかし、その暗闇の中で魂を繋ぎ止めたのは、B'zの咆哮という「動」の熱狂だ。
彼らの音は、世界を憎む私の棘を、生きるための武器へと昇華させた。
さらに故郷で出会った大澤誉志幸の自由な姿と、BEGINが生んだ「一五一会」。
砕かれた指でも奏でられるその音色は、尖りすぎた私の棘を優しく包み、自分自身を赦(ゆる)す術を教えた。
現在の私は、午前中の四時間をゴルフ場で泥臭く働き、午後は半年間のライタースクールで鍛え上げたペンを振るう、言葉の戦士だ。
認知症が進む母との静かな時間の中で、かつての憎しみさえも執筆の糧に変え、泥の中から言葉を掬い上げている。
病気という泥棒を私は今も憎み、決して許してはいない。
だが、その憎悪と痛みこそが、今の私の文章に毒と深みを与えている。
泥の中に根を張り、隠し持った棘を誇りとして、私は一五一会の音色と共に、自分の物語を美しく、そして残酷に書き連ねていく。