あらすじ

哲学科で美学を専攻する大学生・高村聖は、絵を描くことに憧れを抱きながら、作品を「見る」ことを専門とし、言葉によって芸術を支える立場を選び、学業に没頭していた。 一方、芸術大学で絵画を学ぶ長谷川菜摘は、若くして高い評価を受けた才能の持ち主だが、集中しすぎる性質のゆえに講義の出席状況が悪く、教授の提案で学生主体のアートイベントに関わるようになる。美術館で出会った二人は「青」という色への強い執着を共有することで急速に距離を縮めていく。聖は菜摘の制作を言葉で支え、菜摘は聖の存在によって再び筆を取る勇気を得る。 聖が学ぶ美学では、色や感覚の主観的な質を指す概念として「クオリア」が語られる。人は同じ色を見ていても、同じ感覚を抱いているとは限らない——その問いは、やがて二人の関係そのものを照らし出していく。 菜摘は、聖をモデルに人物画へ挑戦し、個展開催の機会を得るまでに回復する。しかしその過程で、二人の関係は創作と感情が絡み合った、危うい依存へと傾いていく。菜摘にとって聖は「光」であり、聖にとって菜摘は、自分を肯定してくれる存在だった。 個展の会場で、聖は自分を題材にした一枚の絵と対面する。そこに描かれていた青は、菜摘が信じる眩しく熱い光の色だったが、聖にとっては過去の記憶を呼び起こす冷たい色だった。同じ青を見ていると信じていた二人のクオリアは、決定的にすれ違っていたのだ。傷ついた聖は会場を後にし、菜摘は初めて、自身の表現が愛する相手を傷つけたことを知る。 夜の美術館で再会した二人は、互いの恐れと欲望を言葉にする。感覚は共有できなくても、問い続け、対話することで関係は築けるのだと理解した菜摘は、聖への恋を率直に告げる。聖もまた、自身の恐怖を抱えたまま、菜摘を選ぶことを決める。 二人は恋人として結ばれるが、完全な理解や融合を目指すことはしない。菜摘は「描くこと」を他者との対話として引き受け直し、聖は「見ること」と再び向き合い、自分のクオリアを肯定して生きていく。青はもはや二人を縛る象徴ではなく、それぞれの生を照らす異なる光として、静かにそこに在り続ける。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
カクヨム
カクヨム2026/01/03
  • 現在の作品青のクオリア