あらすじ
比翼の鳥はあり得ても、鳳凰は番えない。鳳に翼二つ、凰にも翼二つあるからだ。
鎌倉幕府を滅ぼした後醍醐天皇による建武の新政。その第一の功労者であった足利尊氏。
しかし、その親政は武士達に不満を抱かせるものであり、尊氏は武士達のために立ち上がる。
後醍醐天皇と対立した尊氏は、弟・直義と共に幕府を開き、征夷大将軍として、武士達をまとめて行く──
はずであった。
尊氏から逃れ、吉野で帝として君臨し続ける後醍醐天皇。
一方、京都で新たな帝を立てた尊氏。
京都と吉野。二つの朝廷による対立。南北朝時代。
そして、対立は幕府の内部でも勃発した。
足利直義と高師直。
そうした中。
観応2年・正平6年(1351年)2月25日。足利直義は、幼い息子の如意王丸を失った。
翌日の26日。敵対していた高師直が一族諸共虐殺される。
そのちょうど一年後の正平7年2月25日。直義の甥の光王が元服することとなる。
その時。
鎌倉、延福寺。
権勢を誇った直義は、ひっそりと鳳笙の音に耳を傾けていた。
比翼の鳥は、翼が一つずつの雌雄の鳥。二羽は常に一緒に飛ぶという。
二羽で翼二つ。
一対。
鳳凰は雄が鳳、雌が凰。
しかし、二羽にはそれぞれ翼が二つずつ。
両雄並び立たず。
鳳凰は二羽存在してはならない。
南北朝時代。
京都と吉野にそれぞれ朝廷が存在し、帝が同時に二人存在するその時。
正平と観応の元号が並立し。
将軍も……
大御所・足利尊氏と、小御所・足利直義、実質二人存在するようなものだった。
足利直義は権勢を誇り、兄である将軍・尊氏を凌駕するほどの実力を持ち──。
しかし、対立した高師直を討って、勝利しながらも、一年後の今は、何故か鎌倉で幽閉生活を送っている。
我が子・如意王丸と一日違いで死んだ高師直。両者の一周忌。
ちょうどその時、元服を迎えることになる、兄・尊氏の子の光王。
直義は、その時、何を思ったか。兄・尊氏をどう見たか。
正平7年2月25日、足利基氏元服
翌26日、直義……