あらすじ
国民的な人気を誇る俳優・真田恒一は、満席の劇場で喝采を浴びた夜、自分が舞台に立ち続ける理由を見失っていた。
拍手が聞こえる。成功も失っていない。
それでも、心だけがどこか遠くへ退いてしまった感覚が残る。
仕事を離れ、八畳の部屋で動けなくなった真田は、ある朝、理由もなく外へ出る。
行き着いた先は、近所の公園。
肩書きも目的も持たない人々が、ただ「立っている」場所だった。
一方、宮本正隆は、家族と会社を背負い、責任ある立場で働く中年の会社員。
判断と決断に追われる日々の中で、彼もまた心の息苦しさを抱えていた。
偶然立ち寄った割烹店で、名も肩書きも外して静かに座る真田の姿を目にし、
「自分は何に乗ったまま生きているのか」という問いを、初めて自覚する。
二人は互いの名前も知らない。
会話を交わすこともない。
それでも、同じ公園、同じ朝の空気の中で、それぞれの「立ち方」を少しずつ変えていく。
やがて二人は、人生の途中で一度すれ違い、さらに年月を経た晩年、別の場所で再びすれ違う。
そこに再会はなく、答えも語られない。
ただ、長い時間を生きてきた者同士が、同じ地面の感触を確かめるように、静かに通り過ぎていく。
本作は、劇的な成功も回復も描かない。
人が「何者か」になる物語ではなく、何者でもないまま、どう立ち続けるかを描いた、
静かで深い余韻を残す現代文学である。