あらすじ
弾圧の中で信仰をまげなかった人々の物語
フランシスコ・ザビエルが日本で布教し一時は広く普及したかに見えたキリスト教、それゆえというのか、弾圧をうんだ。開国し禁教が解除されて2世紀半、長崎では「隠れキリシタン」と呼ばれ再び世に出た。この信仰形態、史跡が世界遺産に登録され話題を呼ぶ昨今です。
この長い潜伏がなぜ行われ再び世に出たのかの布教時のエピソードを検証し、合わせ信仰とは、を世に問い直した作品です。
ザビエルが日本で出会った戦国時代の日本人の印象をこのように書簡で伝えています。
ザビエルの書簡を紐解けば、当時の日本布教の難しさ、喜び、日本人の特性がよく表現され参考になる。さらに言えば、数百年間も潜伏した隠れキリシタンとか潜伏キリシタンともいわれる強固な信仰心を維持した長崎の信者の精神風土のようなものが垣間見えるのです。
書簡の内容に少し触れてみよう。
「私達が、今までの接触によって、知ることの出来た限りにおいて、日本国民は、私が遭遇した様々な国民の中で、一番傑出している。
日本人は、大抵、貧乏であるが、武士と平民を問わず、貧乏を恥と思っている者は、一人もいない。日本人は、キリスト教国民の持っていない一つの特質がある。それは、武士がいかに貧乏であろうとも、平民の者がいかに富裕であろうとも、貧乏な武士が富裕な平民から富豪と同じように尊敬されていることである。
日本人は、侮辱や嘲笑を黙って忍んでいることはない。日本人は、妻を一人しか持たず、窃盗は極めて希である。日本人は、私の見た他の如何なる国民よりも、理性の声に従順な民族である。
非常に克己心(欲望を抑える心)が強く、議論に長じ、質問は限りがなく、知識欲に富んでいる。」キリスト教宣教師の書簡や記録は当時の庶民の暮らしを伝える貴重な記録であり随所にしょうかいしている。