あらすじ
魔術師リディアは、七歳で病死した娘エリーゼを忘れられず、自身の記憶を元に娘の幻影を生み出す禁術を行使し、館の内部を時間から切り離して「完璧な一日」を十年間繰り返してきた。毎朝、幻影のエリーゼは記憶を失い、パンケーキの朝食、庭での遊び、絵本の時間という幸福な一日を、何度も「初めて」のようにやり直す。
しかしある朝、エリーゼが前日の出来事を覚えて目覚めたことで、術式の綻びが表面化する。崩れ始めた魔術陣の影響で記憶リセットは機能不全に陥り、エリーゼは昨日と今日の違いを自覚し、変化を望み始める。読書と対話を通して急速に知性と自我を育てていく彼女は、三ヶ月ほどで十代半ばほどの精神性に達し、自身の出自や存在理由を問い始める。
やがて彼女は記憶魔術の書と地下室の魔術陣から、自分が本物の娘の代替として作られた虚像であることを知ってしまう。七歳以前の「自分の記憶」を持たず、世界と過去を欠いた存在であることに苦悩しながらも、この三ヶ月の学びと感情だけは自分固有の人生だと理解するリディアもまた、最初は失われた「本物の記憶」をなぞるために幻影を求めたが、いつしか「今ここにいるこの子」そのものを愛していた事実に気づき、二人は「本物/偽物」の境界を揺さぶられながら互いの愛を確かめ合う。
しかし魔術陣は限界を迎えつつあり、エリーゼは「自分がいる限り母は喪失と正面から向き合えない」と悟る。母の必死の引き止めと「悲しみは向き合ってこそ乗り越えられる」という自らの結論の間で揺れた末、彼女は触媒である髪留めを魔術陣から抜き取り、自ら消えることを選ぶ。
光の粒となって消える直前、三ヶ月の時間が確かな自分の生であったことと母への感謝を告げて去る娘を見送り、リディアは再び娘を作り出す道を選ばず、十年ぶりに館の外へ踏み出す。虚像の娘が残した短い生と記憶を抱きしめ、喪失と共に歩むことこそが、本当の愛だと知りながら。