あらすじ
雨の日にだけ、彼女は僕の部屋にやってくる。
必要なのは、一杯の珈琲と、ゆっくりと流れる静かなひととき。
感情の起伏が乏しく、高校の卒業式ですら涙を流せなかった大学生、篠崎薫。
自分を精巧に作られた「空虚な器」だと定義する彼は、自分に貼り付けられた『人』というラベルに従い、その概念だけをなぞるように生きていた。
まるで、ロボットを動かすプログラムのような、感情の介在しないデータの集合体。
ある日、薫のアルゴリズムに致命的なバグが発生した。
梅雨入り前の六月。
薫は雨の公園で、傘も差さずに空を見上げる少女、秋月千雨と出会う。
銀色の髪に一筋の赤いメッシュ。
切り裂くような鋭い瞳。
その奥で、薫の持ち得ないなにかが揺れたように見えた。
まるで一枚の絵画のように『雨を纏う』彼女に、薫は柄にもなく傘を差し出した。
「……お前、アホだろ」
野良猫のように警戒心が強く、けれど冷たい雨に震えていた彼女。
行き場のない彼女を部屋に招き入れた薫は、冷えた体を温めるため、趣味の珈琲を振る舞う。
それは、雨の匂いを嫌う彼女と、心の空洞を埋めたい彼が交わした、些細で特別な時間の始まりだった。
降りしきる雨。
むせ返るような湿っぽい匂いを、珈琲の薫りで上書きして。
これは、欠落を抱えた二人が、やがて「晴れの日」を迎えるまでの再生の物語。