あらすじ
江戸・文政七年。日本橋の外れにある「おばけ長屋」は、夜な夜な怪異が起こると噂され、人々から忌み嫌われていた。そんな長屋に平然と住み着いているのが、瓦版書きの男・吉次である。怖い話ほど売れると豪語する彼は、幽霊の噂すら商いの種にしていた。
ある夜、吉次の部屋に差出人不明の手紙が舞い落ちる。そこには、翌日に起こる日本橋の大火と、聞いたことのない年号「令和七年」が記されていた。悪戯だと笑い飛ばした予言は、しかし半鐘の音とともに現実となる。未来を告げる手紙の存在を信じざるを得なくなった吉次は、続く予言によって疫病の流行を未然に防ぎ、人々から「未来を知る男」と噂され始める。
だが手紙は次第に不穏さを増していく。瓦版に載せた情報が歴史から消え、人々の記憶も曖昧になっていくのだ。やがて吉次は、自分の葬式の記事が記された瓦版を目にし、自身がすでに“死んだ存在”である可能性に気づき始める。
おばけ長屋に集う怪異たちは、未来と過去の境目で生まれた存在だった。歴史を少しずつ書き換えることで、彼らは怪談として語り継がれる運命を得ていたのである。そして吉次もまた、未来からの手紙に導かれるうち、瓦版書きから怪談の主役へと変貌していく。
これは、江戸の片隅で生まれ、誰にも気づかれぬまま歴史に紛れ込んだ“怪談誕生の記録”。未来を知った男が、やがて未来に残る噂そのものになるまでの物語である。