あらすじ
楽々らの歌が聞こえるさ。
それは、この世界に来てから、何度も耳にする言葉だった。
霧に包まれた草原で目を覚ましたとき、最初に聞こえたのもその歌だった。言葉はわからないはずなのに、意味だけが胸に染み込んでくる。不思議な旋律。懐かしく、そして優しい。
ここは異世界〈ルーラティア〉。
剣と魔法、竜と精霊が存在する世界だと、旅の途中で知った。
「お前、楽々らに呼ばれたんだな」
そう言ったのは、白髪の吟遊詩人だった。彼は焚き火の前で竪琴を爪弾きながら、静かに語る。
「楽々らは場所じゃない。神でもない。迷った魂が、もう一度立ち上がるための“歌”だ」
俺は元の世界で、何者にもなれなかった。
夢は途中で折れ、逃げるように日々をやり過ごしていた。
――だから、ここに来たのか。
その夜、魔物の群れが村を襲った。
剣を握る手は震え、逃げ出したい気持ちが喉まで込み上げる。
だがそのとき――。
――ら、ら、ら。
歌が聞こえた。
誰の声でもない。けれど、確かに背中を押す音。
「大丈夫だよ」
そう言われた気がした。
俺は剣を振り上げ、一歩前に出る。
恐怖は消えない。それでも、進める。
戦いが終わり、夜明けが訪れたとき、吟遊詩人はもういなかった。ただ、地面に一枚の楽譜だけが残されていた。
そこには、こう記されていた。
――楽々らの歌が聞こえるさ。
――それは、お前自身の声だ。
俺は空を見上げ、微かに笑った。
この世界でなら、まだ物語を続けられる気がした。