あらすじ
――「見られない」ことは、敗北か。救いか。
ガラスと光に支配された鏡の国で、ひとりの少女が“世界の嘘”を直視する。
七月。蒸し暑い教室で、スマートフォンの通知音だけが賑やかに跳ねる。けれど高校二年生・鹿島田灯里(かしまだ あかり)の画面は、黒いまま沈黙していた。誰とも目が合わない。会話は彼女の前でだけ途切れる。そこに「いる」のに、「いない」――空気扱いされ続けた少女は、逃げ込むように辿り着いた廃神社の井戸で、あり得ない光景を見てしまう。水面に映ったのは、うまく笑えている“理想の自分”。手を伸ばした瞬間、灯里は“向こう側”へ落ちていった。
目覚めた先は、永遠の白夜が続くガラスの都市国家《ソラリス》。視線が熱と圧力になり、称賛が通貨となり、注目される者ほど強く輝く――そんな世界で、灯里はさらに残酷な“本物の透明人間”になっていた。誰にも映らない。触れられない。見られない者は、やがて存在すら薄れて消えていく。
絶望の淵で彼女を“捕まえた”のは、路地裏の死角に店を構える毒舌の魔女カタリナ・シェイド。ブーツで影を踏みつけ、灯里の「ここにいる」を縫い留める。「代価のない救済はないわ」――薄暗い《影の標本室》で交わされた契約。灯里の仕事は、誰にも見えないことを逆手に取った「沈黙の聞き手」。姿が見えないからこそ、人々は安心して本音を吐き出し、灯里はその痛みに共鳴して涙をこぼす。称賛の光に疲れた心が、闇の静けさでほどけていく。
だが、都市を統べる女王ルミナスは“映らないもの”を恐れ、排除しようとする。万華鏡の祝祭。熱狂の光の洪水の中で、灯里の瞳だけが見抜いてしまう――完璧な微笑みの裏で、能面のように無表情な女王が、ガラスの涙を流していることを。
「見るな」
たった一人、女王の嘘を見てしまった者。たった一人、女王の支配が通じない“バグ”。
やがて親衛隊の襲撃で、唯一の居場所《影の標本室》は砕け散る。捕らえられたカタリナが言い残す。
「あんたの『いないふり』は最強の武器だ」
逃げるためじゃない。守るために。
誰にも止められない透明さで、灯里は王宮へ潜入する。拒絶の光が嵐のように吹き荒れる中、ただひとり傷つかずに進めるのは――映らない彼女だけ。
そして、世界が最も見たくない“真実”を映す鏡の前で、少女は目を逸らさない。
弱さは欠陥じゃない。
「見られない」ことは、終わりじゃない。
それは、世界を変えるための“視線”になる。
光に疲れたあなたへ贈る、ダークファンタジー・心理サスペンス。
――今度は、あなたが“見届ける”番だ。