あらすじ
長野県の山あい、架空の温泉地「月桃温泉」。三月下旬、県道が土砂崩れでふさがり、温泉旅館・月桃館は外とも町とも切り離される。会議では強気なのに、電話越しの上司には反射で「了解です」と言ってしまう和花は、臨時の喫茶を立ち上げるため、台所の回し方を陸に頼む。陸は「教えるの得意」と笑い、ふざけた名前の名物ドリンク「ピーチラベンダーフロストムーンジェイド」を考案して場を転がすが、肝心な話になると冗談に逃げる癖がある。
安全第一で手順を曲げない千晃、確認のため同じ話を何度も持ってくる涼可、困っている人を見ると手が先に動く森太郎、反省ノートで翌日の手順を書き直す友栄。彼らの小さなすれ違いが笑いになり、ときに胸を締める。やがて喫茶と講座は、商店街の力関係に巻き込まれながらも、湯上がりの客が「また来る」と言える灯りになる。
季節が巡り、桃とラベンダーが咲くころ。和花は言い直す言葉を自分の口から選び、陸は冗談の奥に隠していた約束を、逃げずに差し出す。月桃館は“宿”ではなく、帰って来られる台所として再出発する。