あらすじ
会議室の空気が、妙に重かった。
県警本部六階。壁に掛けられた管内地図の赤いピンが、いつもより多く見える。
県境を跨ぐように打たれた印が、無言の圧力を放っていた。
課長は資料を閉じ、深く息を吐いた。
「……警察庁に、要請を上げる」
誰もすぐには反応しなかった。
その言葉が意味するものを、ここにいる全員が理解していたからだ。
要請――それは敗北宣言に等しい。
若手の刑事が視線を落とした。ベテランは腕を組んだまま、壁の一点を睨んでいる。
誰かが反論すると思っていた。しかし、誰も口を開かなかった。
室内の温度が、さらに下がった気がした。
県警が頭を下げて呼ぶ組織。
呼んだ瞬間から、事件は自分たちの手を離れる。
数時間後、庁舎の正面玄関が騒がしくなった。
警察庁の公用車。黒塗り。台数は少ないが、無駄がない。
降りてきたのは三人。スーツ姿。
先頭の男が受付で名乗った。
「警察庁、広域犯罪統合捜査本部。要請を受け、着任した」
それだけだった。挨拶も、形式ばった謝意もない。
応接室に通される途中、男は一度だけ周囲を見渡した。
値踏みするような視線だった。
会議室で再び全員が揃う。
課長が立ち上がり、頭を下げた。
「本件の統合指揮を要請します」
男は頷いた。
「了解しました。以降、本事件はWCIUが指揮を執ります」
淡々とした声だった。勝ち誇るでも、侮るでもない。
それが逆に、県警側の胸を締めつけた。
「まず確認します」
男は資料に目を落としながら言った。
「この事件、まだ“終わっていませんね”」
その一言で、会議室の全員が息を止めた。
――この瞬間から、もう後戻りはできない。