あらすじ

六月の午後。担任の「立候補者は前に出てきて」という声に、二人の田中陸が立ち上がる。ひとりは自信に満ちた声で教室を見渡し、もうひとりは震える指先で原稿を握りしめる。同じ時間、同じ教室、同じ名を持つ二つの〈僕〉。だが、その世界はまるで違っていた。  陽の田中は、体育祭の熱を思い出して語り出す。「めんどくさいけど、クラスを動かせる立場ってすごいと思う」と笑い、文化祭の劇やスポーツ大会を提案する。軽やかな言葉が教室に広がり、笑顔が返ってくる。拍手の中、彼は委員長に選ばれた。山下と握手を交わし、「絶対に楽しいクラスにする」と胸を張る。放課後の夕陽の中、未来はまぶしく光っていた。  一方、陰の田中は、同じ教室の空気の中で声を失っていく。震える声、詰まる言葉、紙の擦れる音。誰も笑わない沈黙が降りてくる。話したいことは山ほどあるのに、ひとつも上手く届かない。投票では自分にすら名前を入れられず、結果を聞く頃には足元の床が遠く感じた。帰り道、俯いたままの視界に、夏の光がやけに白い。夜の部屋で、原稿を握りながら泣く。「何がしたかったんだろう」と問いかけても、答えは返ってこない。  第一章と第二章――陽と陰の二つの田中が描くのは、同じ勇気の物語だ。ひとりは声を外に出すことで世界を動かし、もうひとりは声を詰まらせて自分を責める。けれどどちらも、確かに前へ出た。六月の教壇の前で、たった一歩、前へ――。

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エブリスタ2025/12/16
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