あらすじ
この街では三年前から「後悔粒子」が降り続けている。黒い雪のような粒子は人に触れると、その人の後悔を幻として浮かび上がらせる。駅には抱けなかった赤ん坊、オフィスには別れた恋人、選ばなかった進路や言えなかった一言が街を亡霊のようにさまよう。清掃局員の柏木誠は、その粒子と幻影を毎朝回収し、郊外の焼却炉で燃やす仕事をしている。
ある雨の日、粒子が素肌に触れても柏木には何も見えないことがわかる。周囲の人々は自分の「もしも」を見て泣き崩れるのに、彼だけが何も視えない。粒子に埋もれて倒れていた老婆から「あなたの周りには何もいない」と告げられ、後悔する力そのものを失った夫の話を聞かされる。何を選んでも心が動かなくなった男の末路に衝撃を受け、柏木は自分の過去を洗い直す。
大学中退や家族との疎遠がぼんやりとしている中、後悔粒子発生半年前の実験記録に辿り着く。被験者は重大選択の「後悔」を消す契約を結んでいた。名簿に二十歳の柏木の名があり、「人間として生きるか、後悔のない存在として生きるか」という問いに「人間として生きる」と答えつつ、その決断を後悔しないよう「選択を後悔する能力」を消す契約にサインしていたことが記されていた。人間でいると決めながら、後悔を手放した矛盾。
それ以来、柏木はあらゆる選択を悔やめない存在になっていた。街を覆う最大級の粒子の嵐の中、防護服を脱いで交差点に立ち、「俺の後悔を見せろ」と叫ぶと、黒い粒が白く光り、幻影が現れる。実験室でペンを握る若い自分、「後悔したくない」とサインする自分。その背後に今の柏木が現れ、「後悔できる自分として生きたかった」と告げる。それが彼の唯一の後悔だった。
嵐去りの朝、柏木は清掃車で粒子をすくい上げる。他人の「別れ」や「謝罪」だけでなく、自分の痛みも見える。後悔を封じた年月を悔やみながら抱きしめ、彼は焼却炉へ運ぶ。煙となった後悔はまた粒子として降るだろう。完全には消えない後悔とともに選び生きる。その痛みを取り戻した今、柏木は黒い雪の街で「人間としてここにいる」と実感する。