あらすじ
昭和十九年、東京。
戦時下の町工場で働く若い女工・伊佐子は、国の命令で髪を切ることを命じられる。
母の形見である黒髪を失うことは、女としての誇りと記憶を削がれることを意味していた。
しかし、命令に従って髪を短くするうちに、彼女の中である感覚が目を覚ます——風。
髪を失った皮膚を直接撫でる風の冷たさは、屈辱であり、そして再生でもあった。
やがて彼女は、自らの意志で坊主頭となり、「風を通す身体」として生きる決意をする。
手紙で繋がる弟・信夫、理髪師・守屋、同僚たちとの出会いと別れ。
戦火と沈黙の時代の中で、伊佐子は「髪」ではなく「風」で自分を証明していく。
屈辱が力に変わり、風が祈りになる。
——これは、ひとりの女性が「生きる」ということを、風の温度で見つめ直した物語。
髪を剃り、風を受け、なお立つ。
静かな時代の終わりに吹いた、一人の女の“生の風”の記録。