あらすじ

小学五年生の『洋子』の腹違いの弟、『睦雄』は冬至の日に生まれた。  春の頃には『睦雄』は保育園に預けら、父も継母も平素のごとく働くようになった。  二人は仕事柄出張が多く、二人の留守が重なることもしばしばあった。  そういう時には『洋子』が『睦雄』のことを保育園まで迎えに行って、彼の面倒を見てやらねばならなかった。   1月山羊座大賞に作品を提出したいというのがきっかけで、そのための作品を書き始めました。  この作品は三島さんへ手向けるために書きました。  最初は三島さんに捧げるというよりも、彼の胸倉を掴んで顔面を殴りつけてやるような作品を書いてやろうと企みました。つまり、三島さんの何らかの短編作品を読んで、それへのカウンターとなりうるような文章を拵えてやろうと企てたのです。  そういった魂胆で三島さんの短編をいくつか読んだのですが、ダメでした。私には三島さんの文体というのがどうにも受け付けられませんでした。私は図体がデカくなるにつれて、ほぼすべての作家さんの地の文に没入が出来なくなってしまった奴ですから、三島さんもその一人だったということです。  没入が出来ないなりに幾つか、三島さんの短編を読み進めました。購入した短編集の全てを読んだわけではありませんが、私が目を通した作品の内容は悉くが私の好みではありませんでした。けれども私の知能であっても、三島さんが示そうとしていそうな物事のいくつかは読み取れたような気にはなれましたし、三島さんの作品内に出てきたモチーフのいくつかは私の好みでした。  また、確かに三島さんの文体は私に対して拒否反応を引き起こしましたが、部分部分の文章にだけ目を当てれば、とても美しくて素敵だと感じる文章が幾つもありました。『煙草』の『それは恰かも森の下水が青空に憧れて~ひっそりと輪廻しているのが窺われた。』とか、『離宮の松』の『海は夕日の千の蠟燭の蠟を流した。』とか。めちゃ素敵! って思いました。  私の身体は三島さんの作品の内容も、文体も受け付けられませんでしたが、三島さんの語彙というのは非常に好みです。私はむつかしそうな語彙を捏ね繰り回すのも、他人がそれをしている様を見るのも好きなんです。  私は三島さんの胸倉掴んでぶん殴る! という当初の目論見を頓挫させました。  次に私が企てたのは以下の三要素を勝手に課題として設定した作品です。①三島さんの何らかの短編作品を下敷きにする。②作品内において三島語彙を模倣する。③作品の内容を山羊座文学へガン寄せする。です。  まず③については1月山羊座大賞の感想ページに書かれていた(最後は書かれていない)次の三つの文言「自分のことをわかってもらえない」「ありのままを書いた」「テメーを殺す」から、出来損ないの悪魔のような内容にすると決めました。  ①については『煙草』の構造を作品の下敷きとすることにしました。『煙草』の内容は私の好みではありません。けれども作品内で三島さんが示していることは伝わったような気になりましたし、作品の構造は私の知能でも理解が出来た作品でした。なによりこの出来損ないの悪魔を記すにあたっては煙草というモチーフが使用できたので、『煙草』と関連付けられるなと考えました。  このようにして私は霞みのような青写真を描いてから作品の制作に取り掛かりました。①の『煙草』を下敷きにするという部分は難が無かったです。三島さんの『煙草』とぴったり重ねられたわけではありませんが、要所で合わせたプロットが出来たつもりでいました。  ②の三島語彙の使用は苦痛でした。というかできませんでした。三島語彙を指に写し取るために私は、彼の文章をいくつか模写しました。三島さんの文章というのは素敵なものがたくさんあったけれど、私の身体は基本的には三島さんの文体を受け付けないんです。それを無理やり読み込んで書き写しているとすごく気分が悪くなりました。三島さんは悪くないですよ、マジで。僕がヤベー奴なだけなんです。  ③の出来損ないの悪魔のような内容については尋常ではなく苦痛でした。どこのどいつが出来損ないの悪魔のような内容の文章を読みたがるんですか? 書きたがるんですか? ただただ無益で苦痛でしかありませんでした。詰まるところ私はもはや、可愛らしくて残酷なクソガキには戻れないってことなんです。  己が勝手に設定した課題の②と③が達成できないという理由から私は、二つ目の企てを放棄しました。  したのですが、書くことを断念した時の私は頭骨内部の貧相な臓器でもって別の言い訳をこねくり回していました。  それは「この作品は本当に三島さんへ捧げるべき作品なの?」というものです。私は三島さんと直に相対したとして、彼にこの作品を読ませてあげたいかということを考えました。三島さんがせっかく時間を割いて読んでくれたのに、彼を不快な思いにさせてしまったとすれば、それは忍びないなと感じました。たとえ薄っぺらい内容で、微妙な後味になってしまったとしても、せっかく読んでくれるならそれは、やさしい物語が良いなって考えました。  そして私はこの作品を書き始めました。  私が読んだ幾つかの三島さんの短編の中で特にいいねって思えた作品が『翼』でした。わかる部分もあるなぁと感じつつ、すっごくもやもやした作品が『離宮の松』でした。  この作品では私が三島さんの『翼』と『離宮の松』を読んで、幼稚ながらも考えたことや感じたことを少しでも示そうと思って書きました。  文体については「四千字も書かなきゃだからちょっと文章をこねくり回そう」という作為を除いて、なるべく私の言葉で書くようにしました。しかし、三島さんの文章をぶち込むのが適当だろうと私が勝手に感じた部分については三島さんの文言を意図的に勝手に丸ごと使っています。それらは分かるように傍点が振ってあるはずです。三島さんと関係ない部分にも振ってあるかもしれません。  何故私が上記の読むに堪えねぇ駄文をつらつらと記しやがったのか。それは以下の数行にまとめられてしまいます。  私はこの作品を三島さんへ手向けるために書きました。  だから1月山羊座大賞において設定されたテーマには沿っているし、他のレギュレーションにも違反はないはずです。  けれどもこの作品は1月山羊座大賞の方向をあんまり見ていない。  もちろんこの作品を書くきっかけは1月山羊座大賞でしたから、遠回しに1月山羊座大賞の為の作品と言えなくはないかなとも思います。  しかし私が上記に長々と書いたことを伝えずにしれっと「1月山羊座大賞に参加しに来ました! ちゃす!」といった具合に自主企画へ参加するのが、なんだか不誠実かもなって考えてしまったんです。  不誠実かもしれないけれど、私は1月山羊座大賞にこの作品を提出しちゃいます。  私はここ数日間、私なりに三島さんと向き合いました。彼の作品内容は私の好みではないけれど、考えさせられる物事が幾つもありました。  彼の文体は私の身体へ拒否反応を起こさせるものだったけれど、それでもとても美しい。  そして彼の操る語彙はとても綺麗だ。  三島さんが記したうちのごく僅かな文章たちではあったけれど、私はそれらと向き合って素晴らしい物事に出会えました。そういう期間だった。  けれども少しばかり疲れました。食傷気味です。三島さんの作品は決して私の好みではないんです。  三島さんとのやりとりの一つ目の終止符として、私はこの作品を1月山羊座大賞に提出します。

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カクヨム2025/12/13
  • 現在の作品その背中に天使を認めた