あらすじ

現代日本。 海洋系大学に通う学生・永谷 湊は、卒業研究の一環として鯨類の音響データを解析する中で、既存の論文やデータベースのいずれにも該当しない“未知の鳴き声”を発見する。 それは学術的には「ノイズ」として処理されてきた音だったが、湊には確かに、生き物の意思を感じさせるものだった。 地方紙に小さく載った鯨影目撃記事、断片的な漁師の証言、そして過去の未整理資料。 調査を重ねるうち、湊はある仮説に辿り着く――この沿岸には、いまだ記載されていない鯨類が生息している可能性がある。 調査の途中で訪れたのは、閉館の危機に瀕した地方水族館「藍ノ浦海洋生物館」。 そこで働く女性学芸員は、かつて“藍色に見える体を持ち、単独で行動する鯨”が目撃されていたことを示す非公式記録を湊に見せる。 研究の対象から外され、世間からも忘れ去られようとする水族館は、海の記憶をかろうじて守り続ける“箱舟”だった。 さらに湊は、子供の頃にその未知の鯨を目撃したという老漁師と出会う。 彼の語る体験は曖昧でありながら、音響データや過去の観察記録と不思議な一致を見せる。 しかし、公的研究機関は「科学的根拠が不十分」として調査を拒否し、未知の存在は再び無視されようとする。 それでも湊は諦めない。 論文にならないデータ、採算の取れない研究、閉じられようとする水族館。 合理性と効率が優先される現代社会の中で、彼は問い続ける――名前のない存在は、存在していないのと同じなのか。 やがて明らかになるのは、未知の鯨の正体だけではない。 なぜ記録されず、守られなかったのか。 そこには、人と海の距離が静かに広がってきた現実があった。 藍の箱舟。 それは、水族館であり、論文化されなかったデータであり、語られなかった記憶そのもの。 永谷 湊は、海に名を与えるためではなく、 「確かに、ここにいた」という事実を未来へ残すために、海へと向かう。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
小説を読もう
小説を読もう2025/12/17
  • 現在の作品藍の箱舟