あらすじ
高校最後の夏休み初日、陽キャ寄りの「俺」と陰キャ寄りの「僕」、ふたりの高橋がそれぞれ別バージョンの夏を体験する物語である。駅前でテンション高く夏を謳歌しようとする「俺」は、静かで目立たない同級生・桐谷美月と偶然出会い、取り壊し予定の古い商店街へ半ば強引に誘う。
一方、人混みを避け図書館へ向かっていた「僕」も、同じく美月とぶつかるようにして出会い、彼女の提案で同じ商店街へ足を向ける。陽キャ版では「俺」のリードで、陰キャ版では美月の小さな勇気で、ふたりは人影のない商店街の奥へと進み、やがて現実離れした倉庫めいた建物を見つける。倉庫の中には、カラフルなスプレー缶が並び、巨大な白い壁と「この壁にあなたの夏を描いてください。描いたものは必ず現実になります」という張り紙がある。半信半疑でスプレーを走らせると、描いた線や花が光り、香りや音まで伴って現実化する。
陽キャ版の「俺」は海や星空を勢いよく描いて空間をダイナミックに変えていき、陰キャ版の「僕」は静かな夜空や森を慎重に描きながら、言葉少なに美月と世界を共有する。どちらのバージョンでも、美月は「自分を変えたい」という本心を打ち明け、檻から飛び立つ青い鳥を描く。その鳥は壁から抜け出して本物のように飛び回り、彼女の「自由になりたい」という願いの具現となる。しかし壁の張り紙には、小さな続きがあった。「描かれたものは現実になるが、代償として大切な記憶をひとつ失う」と。
ふたりは、今日の出来事さえ忘れてしまうかもしれない恐怖と、それでも今この瞬間をなかったことにしたくない思いとの間で揺れる。美月は「記憶として消えても、感覚として必ず残る」と静かに受け入れ、鳥が飛び続ける限り自分も変われると信じることを選ぶ。外に出ると倉庫は跡形もなく消え、やがて空にはあの青い鳥が飛ぶ。家に帰った高橋は、幼少期の夏休みの一部の記憶が曖昧になっていることに気づくが、不思議と後悔はない。代わりに、美月と過ごした時間と青い鳥の姿だけが鮮やかに刻まれている。
翌日、クラスで相変わらず静かな美月は、ふと視線が合った高橋に小さくほほえみかける。その笑みには、陽キャ版では「二人だけの秘密を共有する共犯感覚」、陰キャ版では「ささやかな変化の余韻」がにじんでいて、どちらの世界でも「塗り替えられた夏」の確かさを示している。