あらすじ
新しい制服にまだ馴染まない春の朝。
高校への坂を登る早川の胸に、ぼんやりとした懐かしい名前が浮かぶ――岸野。
幼い頃から一緒で、街でも仲が良すぎると噂された存在。
だが、中学二年の終わり、突然岸野は姿を消した。理由も告げず、連絡も途絶えたまま。
入学式の朝、白い廊下に朝日が差す。
背後から、聞き覚えのある声が響く――「久しぶり、早川さん」
振り返ると、そこにいたのは岸野だった。
けれど、そこにあったのはかつての笑顔ではなく、冷たく、どこか遠い目。
桜の花びらが舞う廊下で、早川は無意識に腕を掴む。
しかし岸野は素っ頓狂な声を上げて手を振りほどき、まるで知らない人のように距離を置く。
その瞬間、胸の奥に刺さる痛みと、胸騒ぎのような違和感が走る。
「なんで戻ってきたの?戻ってきたなら、言ってよ」
震える声に岸野は、かすかに眉を寄せただけで答えない。
そして、ぽつりと、意味深な一言――
『…俺ら、そんなに仲良かったっけ』
その言葉の裏に潜むものは何なのか。
忘れられたのか、それとも忘れざる理由があるのか。
早川には理解できない、岸野の空白と影。
廊下に落ちる桜の花びらは、ただ静かに螺旋を描く。
風は二人の間に吹き抜けるだけで、何も解き明かさない。
けれど、胸の奥に残る違和感は、どこまでも深く、解けない謎のまま広がっていく――
春の光と影の中、過去と現在の境界は揺らぎ、
読者は一つの問いを抱え続ける。