あらすじ
昭和二十六年生まれの純次郎は、
不器用な父に育てられ、
『言葉よりも沈黙を選ぶ男』になった。
愛した女性・純連に
「愛している」のひと言が言えなかったあの日から、
心の奥に長い影を抱えたまま生きてきた。
やがて二人は別れ、
時間だけが静かに流れていく。
──そして、数十年後。
過去を整理するために乗った鈍行列車のホームで、
純次郎は思いもしない“再会”を果たす。
「ずっと……探していたんです」
涙を浮かべた純連は、
かつてより少し大人び、
それでも確かに“あの頃の彼女”だった。
二人はもう恋人ではない。
夫婦でもない。
ただ、季節の境目でやっと言葉を交わせるようになった
『人生の旅路の同志』だった。
しかし純連には、長い冬を越えてきた日々があった。
姑の冷たい言葉。
無関心な夫。
心を閉ざした長男。
そして、ダウン症を抱えて生まれた娘。
絶望の中で迎えた小さな命だけが、
家族をつなぎ直し、
純連を救う光になっていった。
娘の音──
まだ言葉も知らない小さな指から紡がれる旋律は、
長男の心を開き、
姑を変え、
壊れかけた家族をひとつにしていく。
そして、海辺の旅館での再会旅行。
波音とピアノが溶けあう夜。
純連と純次郎は、長い冬の先にあった
『もうひとつの春』を知ることになる。
これは、
失った春を探すための物語であり、
家族が生まれ直す物語であり、
何十年越しに伝えられた
たったひとつの「愛している」の物語。
──人生に遅すぎる春なんて、きっとない。