あらすじ
王立学院の卒業祝賀会――きらびやかなシャンデリアの下で、祝杯と絹擦れの音が華やかに混ざり合う夜だった。
だがそんな華やぎのただ中で、侯爵家の嫡男マークス=エルディーンは、誰も予想しなかった“公開処刑”を受ける。
婚約者である公爵令嬢エリシア=リヴェラが壇上で宣言したのは、冷ややかな一言。
「婚約は破棄するわ」
理由は〈彼の持つ奇妙なスキル〉――《通勤ラッシュ》。
貴族たちの間でそれは笑い話に変わり、かつての友人たちは視線をそらす。
誇り高き家名は汚され、翌日には父からの勘当。マークスの世界は、一夜にして崩れ去る。
しかし、もっと残酷な運命が彼を待っていた。
三日後、突如「スキル悪用の疑い」をかけられ、王国の法に従って《死者のダンジョン》へ転移させられる。そこは王が処刑のために用意した最凶の迷宮――武器はなく、帰還者はいないと噂される絶望の空間だ。
前に立ちはだかるのは、牙を剥く二十体のゴブリン。圧倒的な数と暗闇の静寂に、マークスは初めて本当の恐怖を知る。
だが絶望の淵で、彼の脳裏にふと光が差し込む。
断片的に蘇る、見覚えのある風景――満員電車のホーム、押し合う人々、朝の改札へと突き進む自分。
前世の記憶が、唐突に意味を持ち始める。
《通勤ラッシュ》――それは馬鹿にされた“奇怪なスキル”などではなかった。
あの満員電車の地獄で鍛え上げられた「押し、すり抜け、瞬発的に加速する力」密集を突破し、高速で移動し、衝撃を受け流す――日常の生存技術が、ここでは最強の生存術だった。
迷宮で祈る暇もなく、マークスは心の中で呼び声を上げる。
「スキル――《通勤ラッシュ》!」
世界が歪み、風が裂ける。
身体は弾丸のように走り出し、彼は秒単位の嵐となってゴブリンの群れを琥珀色の閃光で切り崩した。
たった十秒の戦闘で、床に倒れた獣たちが光を放ち、彼の胸に新たな力が流れ込む——《レベルアップ》の文字が、現実の声のように鳴った。
屈辱と失意から這い上がったその瞬間、マークスの目には確かな光が宿る。
《通勤ラッシュ》は――彼を嘲笑った者たちへの、最も意外で痛烈な反撃の手段になる。
家を追われ、裏切られた若者が、迷宮の深淵で見つけた“前世の生存本能”。
そこから始まるのは、復讐か救済か。それとも、新しい英雄譚か。
暗闇の奥へ続く階段は、まだ先が見えない。
だが確かなのは一つ――マークスは生き残る。
彼の“逆転劇”は、今まさに始まったばかりだ。