あらすじ
あの日、俺は呪われた。それ以来、人が人に見えない。
《刑事》として、人の心の闇を覗いてきた。闇を理解するために、犯罪者の思考を追い、心を観察し、その中身を掴むために古今東西の心理学を貪欲に学んできた。そして、俺は正気と狂気の境を突き崩していった。
今思えば、狂気に半歩足を踏み出し、バランスを取りながら人間として振る舞っていたのだろう。
その果てに、俺は人の心は《穴》だと看破した。その穴には階層──《深度》がある。俺はその最深部まで潜り切った。そう思っている。
そうだ。思っている。何故なら、この深度に降りている他人を俺は知らないから。
そこは《生の衝動》だけの世界。人の心の根。全ての理由が一つにまとまる人格の中枢。色々言葉を考えて存在核とか言ってみたこともあるが、内心ではこう呼んでいる──《魂》──と。
俺が見ているのは、妄想か。それとも、本当に存在しているのか。
これが狂気か正気か、もう分からない。誰とも答え合わせなどできない。だから、自分はまだ《人間という構造体》だと思って、毎日を生きている。
ただ──。
──だた一つ、証明する方法がある。
人を《呪って》みればいい。
この深度に降りたとき、俺は気づいた。
言葉で、人を呪えることに。それは言葉で人を壊す技術。心理分析の果てに辿り着いた、最も危険な領域。
もし俺がこの《技術》を使い、人の心を崩壊させられるなら、それは、この心理構造理論が、虚構ではなく現実の構造である証左になる。
……もっとも、呪えるからといって呪うつもりはなかったし、実際呪ったこともない。
ただ、《呪い》が実在することだけは知っている。
俺はそんなものは荒唐無稽だと思っていた。
あの日までは。
俺を呪ったのは、当時の俺より深く潜っていた男。最深部に到達したであろう、ひとりの犯罪者だった。
今から話すのは、その日のことだ。これは、俺が呪われた日の話。