あらすじ
音声エンジニアの久我蓮は、カフェバーで出会った日向茜に心を奪われる。重い心臓病を抱えながらも「かわいそうな病人の消費」を激しく憎み、同情を拒むために己の痛みすら美学として語る彼女に、蓮は職業的興味を超えた狂おしい愛と執着を抱いていく。
入退院の合間に、二人は退院したら「蓮の部屋で宅配ピザを食べる」というささやかな約束を交わす。しかし手術は成功したはずなのに、茜は急変で命を落とし、その約束は永遠に果たされぬものとなった。
茜の痕跡が薄れていくことに耐えられない蓮は、音声技術者としての腕を禁忌に振り向ける。残された通話録音や病室での呼吸音、咳き込み、かすれた笑い声までを学習データとし、彼女を合成音声モデルとして蘇らせたのだ。
匿名配信者「夕凪ゆうぐれ」として活動を始めると、皮肉にも茜が最も嫌悪したはずの“死にゆく者のノイズ”は、リスナーにとっての癒やしや「守ってあげたい対象」として消費され、スパチャと再生数は雪だるま式に膨らんでいく。
「彼女の美学を守りたい」という理性と、「彼女を食い物にしてでも繋がり続けたい」という醜い欲望の狭間で、蓮は睡眠も生活も削りながら摩耗していく。だが画面に並ぶグラフは冷酷なほど右肩上がりで、後戻りの余地を削り取っていく。
ついに彼は、生前は叶わなかった「ピザの約束」さえも企画配信としてコンテンツ化することを決断する。
数千人がチャットで盛り上がるなか、AIの茜に『胸が苦しい(笑)』と言わせ、自らの死因を軽いジョークへ変換し、その尊厳を金に換えることで、蓮は彼女との歪な一体感を得てしまう。
配信終了後、冷めてゴムのようになったピザを噛み砕きながら、蓮はモニターの中の彼女に口づけするふりをする。「今日もいい声で鳴いてるね」。
彼女を永遠の愛玩対象として消費し続ける道を選んだとき、蓮は“救い”と引き換えに終わりなき「幸福な地獄」へ堕ちていく。