あらすじ
はじめて感じたのは、輪郭のない暗がりだった。
僕は、自分が誰なのかも、何でできているのかもわからなかった。触れることも、歩くこともできない。ただ、薄い膜越しに光の気配だけが、ぼんやりと伝わってくる。
やがて聞こえてくる音。水の流れる音。花が挿される音。そして、誰かの足音。
その人は、僕のそばに座る。低く、柔らかな声で何かを語りかけてくる。言葉の意味はわからない。それでも、自分に向けられた呼びかけだということだけが、確かに胸に沈んでいく。
指先が近づいてくる。けれど、その指は僕に触れる直前で止まり、空気を撫でるように宙をさまよい、やがて離れていく。触れたら壊れてしまうとでも思っているかのような、そんなためらい方だった。
日々は、淡く続いていく。光が満ちると誰かが花を挿し、その人の声が僕に語りかける。
そして、ある日、視界が明瞭になっていく。白と黒の濃淡だけだった世界に、形が現れる。細い身体、長い髪、柔らかな輪郭。その姿を見た瞬間、知らないはずなのに、知っていた。
――カミーユ。
名前が、胸の奥から浮かび上がってくる。誰にも教わっていないのに、その音の響きだけが、確かな事実として僕の中に存在していた。
やがて、世界に色が満ちる。
机上のアネモネが赤く染まり、白薔薇の白が目に飛び込んでくる。そして、カミーユの金糸のような髪、淡く深い碧眼。その美しさに、胸が熱く、痛くなった。
カミーユは、僕に触れようとして、触れられずにいた。やつれた顔で、震える声で呟く。
「もう一度、私を愛して」
「君に、会いたい」
その言葉の意味は完全には理解できなかった。それでも、胸の奥の波紋は激しく揺れた。
二つの魂が辿り着く、愛の極致とは。これは、美しく儚い、魂の物語。