あらすじ
観測は単なる受動的行為ではなく、
世界へ影響する“能動的な力”である。
だからこそ、観測には責任が生じる。
人をどう見るか――
その態度ひとつで、相手の心を傷つけもすれば、救いもする。
例えば、
疲れ切った人に「怠けている」とラベルを貼って観測すれば、
その人はますます追い詰められる。
しかし、
「苦しんでいるのだ」と観測すれば、
その人の世界は柔らかくなる。
観測の責任とは、
相手の未来に影響を与える行為であることを自覚すること
である。
国家間の対立も同じだ。
ある国を見るとき、
その国を「脅威」と観測するか、
「対話可能な相手」と観測するかで、
外交の方向性はまったく変わる。
人間は観測することで世界を変える。
だから観測には責任がある。
■8 観測の“暴力”とは何か
一般に暴力というと、
殴る、蹴る、武器を使うなど、
身体的な行為を思い浮かべる。