あらすじ
北山の寺で名もなく育った童は、ある日、光の君に連れられて都の邸へと迎えられる。
その理由を知らぬまま与えられた名は、《紫の上》。それは、ただ一人の高貴な御方の「面影」を埋め合わせるために用意された、罪の色を帯びた名であった。
光の君のやさしさに触れながらも、耳に届くのは「藤壺の宮によく似ている」というささやきばかり。
自分は誰の影なのか。名は誰のためのものなのか。
やがて少女は、「影であることを知っている紫」として、与えられた名と、己の罪と、男の罪とを見すえ、離れの一間で静かに誓いを立てる。
これは、光の君の恋ではない。
影として連れてこられた少女が、《紫の上》という名を自らのものとして名乗り直し、
「許せぬままそばにいる」「罪を知ったまま並び立つ」という道を選ぶまでの物語である。