あらすじ
「なあ、後輩」
「なんですか、先輩」
「この店の名前、なんて読むんだ?エービーシービー?」
「っふふ、そのままじゃないですか。これはね、アバカブって読むんです」
「アバカブ……|あばかぶ《 a b c b 》ねぇ、わかるようなわからんような」
「2週間前にオープンしたばっかりなんです、このお店」
「外観も内装も綺麗だもんな。それに落ち着いた雰囲気もいい。店の立地がちょっと通りから外れてるせいなのか、店の周りも内も静かだ。店内も広すぎず狭すぎず。客も少なめで、いや、これは店にとっては|負の要素《マイナス》か。まあ、総じて良い喫茶店だ」
「でしょ?そうだと思って誘ってみました」
「そうか。ありがとな」
「ふふー。実は、わたしのママの知り合いがこのお店のオーナーさん?なんですよ。それでオープンのこと聞いてたんです」
「へえ」
「で、そのママの知り合いっていう人が20年くらい前、ここではないんですけど、違う場所で喫茶店を経営しててですね。そこの名前もあばかぶだったんですって。喫茶|abcb《あばかぶ》って」
「同じ名前の喫茶店か」
「はい。実はその|喫茶店《あばかぶ》で、当時高校生だったママがアルバイトしてたんだそうです。その縁で今もお付き合いがあるって言ってました」
「なるほどなぁ」
「ふふ。それでもって、その|喫茶店《あばかぶ》の常連だったのがわたしのお父さんです」
「おう……おう?」
「何ですか、先輩」
「後輩のママ?」
「はい?」
「で、お父さん?」
「ああ。なんていうか、ママはママなんですけど、お父さんはなんかパパっぽくなくて。どうもしっくりこないんです。で、お父さんです」
「それ、お父さん、泣いてない?」
「いいえ。お父さんも|大概《たいがい》ですから」
「|大概《たいがい》って……どういう方向で?」
「ママ|曰《いわ》く、お父さん、昔はとにかく優柔不断だったらしいんですけど、今はなんていうか、こう……|無為自然《むいしぜん》?」
「老子かよ……確か後輩のお父さん、写真家をされてるんだったよな」
「写真家ではないですね。お父さんの写真には芸術性は皆無です。
ただのカメラマンでいいんじゃないでしょうか」
「そのふたつは何が違う?」
「写真家にとって、写真とは自己表現の|発露《はつろ》だと思うんですよ。その成果としての芸術作品なわけです」
「だったら、カメラマンにとっての写真とは?」
「ある事象を切り取って、二次元に落とし込んだ現実です。そこには何者の意思も、撮影者の意思すらも反映されていません」
「そういうもんなのか」
「わたしはそう考えてるってだけです。ああ、他にはお父さん、若い頃は、戦場カメラマンをしてたこともあって、全国ニュースでも報道されたりしたそうですよ」
「すごいな。そんなに高名だったのか?」
「戦場で行方不明になったそうです」
「……おいおい」
「まあ、無事だったからよかったんですけどね、でなければ、わたしは今ここにいませんから。そんなこんなでまあ、うちのお父さん、今では普通に写真撮ってますよ」
「普通に、ね」
「はい、普通に、です」
「そのお父さんのほうなんだよな。“力”を持ってるのは」
「そうですよ」
「それで、普通に、か。まあ、深くは聞かないよ。|無為自然《むいしぜん》だもんな」
「はい、老子です」
「ふむ。で、その将来カメラマンになる後輩のお父さんは高校生の頃、将来自分の嫁になる後輩のママがアルバイトしてた|喫茶店《あばかぶ》に足しげく通ってたわけだ。アオハルって感じがするなぁ」
「最初の出逢いはもっともっと前だったらしいですけどね」
「ほう」